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3月18日大阪梅田のニコンサロンに行ってきました。
すると、「江成常夫」先生の写真展があったので見てきました。
(今日の日記は、写真なしです。)

はっきり言って、言葉が出なかったです。
大阪に行く度にニコンサロンへ行って写真展を見てきましたが、ニッコール写真展とかの入賞作品と比べ物にならない程の衝撃を感じました。
なんか、涙が出そうになりましたが何とかこらえて最後まで作品を見てきました。
その感想を、自分なりに感じたことをへたっぴな文章ですが、書いてみます。
(昔から国語は大の苦手で文章力ゼロの人が書いたと念頭において読んでください。また、僕が感じたことなので作者が思っていることとは違うかもしれません。)

今まで見てきた作品は「生」についての作品がほとんどでした。
今回の作品は「死」についてでした。
「生」と「死」は、対照的なのはみんな知っているが、いつも「生と死はいつも隣り合わせだからな」とか「みんないつかは死ぬんだ」とかいって「死」について面と向かって考えようとしない人がほとんどだと思います。
僕もその一人でした。
しかし、自分が「生」から「死」へとベクトルの向きが変わってしまったとき、何を考えるのであろうか。
人間はどうなるのであろうか。
初めは何とか生きたいと願い必死で治そうと努力する。しかし、着々と自分の体が「死」へ蝕まれていき、ベクトルの向きが一向に変わらずむしろ加速していくことを感じたとき、人は自分の無力さ、脱力感を感じるだろう。
そのとき、もがいてもどうもならないのに、子供のだだっこのようにわがままを言ったり、わらをもすがる気持ちで、しょうもないことでも行ってしまう。
その後、もがききってもどうにもならないと感じ、絶望感へと変化していく。
しかし、作者は小さな可能性を願ってレンズを向ける。
この感情の移り変わりが作品にひしひしと感じられました。
とくに、枯れた植物(・・・だったと思う)の写真が強烈でした。
一つ一つの作品は、インパクトが強烈過ぎてフレームからはみ出るくらいですが、絵はフレームよりも小さかったです。
こんな、感じになったのは初めてです。
作者もこんな状況になったのでこういう作品ができたのかも知れませんが、プロのレベルに圧倒されました。
構図もいい意味で大胆でかつシンプルで、大変勉強になりましたが、それよりも写真に秘めた魅力、可能性について勉強になりました。



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